梅雨入り

『すぐそこの駐車場までですから、大丈夫です』

降り出した雨の中、彼女はボクの差し出した傘を固辞し、すぐにでも駆け出したがっていた・・・らしい。

『2本持ってるから。どうぞ』

『そんなにおっしゃるなら・・・』

彼女はボクの傘を受け取ったが、差さずにそのまま駆け出して行った。

明らかに、ボクのお節介は、大きなお世話でしかなかった。

彼女は、そのとき、決して喜びや感謝の表情を見せてはくれなかった。


うすうす。

うすうす、感じるモノ。

でも、ボクは、気づきたくなかった。


だから。

何事もなかったかのように。

いや、むしろ。

努めて嬉しそうな表情を浮かべて、事務所に戻った。

『彼女、傘を受け取って帰ったよ』

同僚に一言告げる。

同僚も、うすうす知っている。



彼女は、ボクらの後輩が好きだったらしい。

その後輩は、彼女の友だちと付き合いだし、そのまま結婚した。

彼女は、契約満了で職場を去ったので、その後のことは知らない。



あれから、もう17、8年も経ったかな?





梅雨入りするころ、不意に思い出す光景。

思い出は、いつも、ほろ苦い。






今日、昼ごろ、ボクの住む街も、梅雨入りした。

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